御祭神
新田義貞公
合祀 :天照大神
例祭日
8月第1週日曜日
鎮座地
川崎市川崎区渡田2-14-8
御由緒
社伝によれば、新田義貞公が延元三年(一三三八年)七月二日、越前国藤島(現在福井市内)で討死の際、その臣亘新左衛門尉早勝が公の差添の名剣と七ツ入子の名鏡及び錦の陣羽織の三種の品を得てこの地に携えて帰り、ひたすら冥福を祈って供養していたところ、里人らも公の徳を追慕し、その三種の形見を早勝に乞い早勝と共に永和元年(一三七五年)七月二日清浄の地を求め孤松の下に埋納し、廟を営んで新田大明神と崇め、この地の鎮守とし里人武人らの信仰が厚く祭田の寄進もあったと伝えられております。
また俚伝によれば、正月元旦と七月二日の盤にはこの地に軍馬が嘶く声がすることがあり、これは河北矢口村(現在東京都大田区内)に鎮座されている公の二子義興公が父霊のもとに参るためと言われておりました。
明治六年村社に列格、御幣吊料供進神社に指定。戦禍により建物悉く焼失したが昭和三一年社務所、同三八年社殿、同四三年神楽殿の再建を遂げ、平成三年社務所を改築した。
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